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卒業レポート

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2024.04
久保田しおん
第44回生 - ハーバード大学物理学部
卒業後の進路:ハーバード大学及びマンチェスター大学にて研究を続行

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学術部門44・49回生の久保田しおんです。マウントホリヨーク大学にて過ごした4年間の学部生時代、そしてハーバード大学での博士課程の4年間の、合計8年間お世話になって参りましたが、2024年3月をもちまして江副記念リクルート奨学生を卒業いたしました。 学部2年生時の4月博士課程2年生時の7月に奨学生活動レポートを書かせていただきました。そちらのレポートでは、私の日常について書かせていただきましたが、今回の卒業レポートではもう少し大きな枠組みで、奨学生生活について振り返ってみたいと思います。

 物理学との歩み

 高校2年生の時に、フルート演奏というひょんなきっかけから物理学にのめり込んでいきました。今まで学んだことのなかった物理学を学びたかったものの、日本の大学を受験するには間に合わなかったことから、また日本の大学では学べない『物理と音楽の交わった部分』を学びたいという理由から米国大学に進路を決定しました。大学1学期目はわからないことだらけで英語のコミュニケーションにも苦労しましたが、その過程で素粒子物理学という学問に出会い、2学期目には研究を始めるまでとなりました。今振り返ってみると、当初は中期の目標は持ちつつも、目前にやってきた研究の機会を一心不乱で手繰り寄せ、飛びつき、与えられた研究課題に全力で取り組むということをひたすら繰り返していたように思います。しかし、その後にスタンフォード国立加速器研究所(SLAC)、CERN、ブルックヘブン国立研究所、MIT、ハーバード大学で研究の機会を得るうちに「物理学研究者」という道が徐々に現実的な選択肢として見えてきました。大学卒業後にリサーチフェローとして過ごした1年を経て、この選択肢は自分が一番に望むキャリアだという確信を得、大学院進学を決定しました。

マウントホリヨーク大学卒業式にて。

 私の気持ちを決定づけた一番の要因は、やはり素粒子物理学特有の魅力です。宇宙の始まりから現在の宇宙までの進化、宇宙の遠くで起きていること、強いてはなぜ私たちがこの宇宙で存在できるのか。何十年にも渡って先人達が築き上げ、これらのことを理解する鍵を握っている素粒子物理学は、私たち人類の可能性、そして自然の美しさを手触り感満載で直に感じさせてくれる学問です。直接的な創造物を超えたその先にある国境を超えた協調性の実現、新たな知識の獲得とその内包された本質的な価値の発見、それに付随した知的好奇心と知識への愛を通した持続的に発展可能な人類文化の構築―これこそが素粒子物理学研究のロマン、そして社会における存在意義であると信じています。 この想いは大学院進学後に研究活動に打ち込むに従いさらに強くなりました。

現在私はDUNE (Deep Underground Neutrino Experiment)という人類史上最大級の素粒子物理実験に携わっており、素粒子の一種であるニュートリノを通して宇宙がどう始まったのかを理解しようとしています。2022年には、この研究にさらに没頭して取り組むために、DUNE主要メンバーの集まる英国マンチェスター大学にPI(Principal Investigator:研究室代表)と共に引っ越しました。ニュートリノ検出に重要な、電子検知精度を向上させる研究プロジェクト2つをリードしてきました。 1つ目は、ニュートリノ検出に多く用いられてきた銅線ベースの検出器の品質管理をする機械、DWAの開発です。今までに比べるとより少ない人手・コスト・所要時間で検出器のテストができる機械で、DUNEの制作過程における重要なステップを担うこととなりました。このプロジェクトには2018年から研究アシスタントとして関わっており、メソッドの確立、電子回路のデザイン・組み立て、データ解析用アルゴリズムの作成、そして専用アプリの開発まで全て行ってきました。今ではプロジェクトの責任者としてチームを率い、より精密な検出器制作に貢献しています。 2つ目は、前述の銅線ベースの検出器のアップグレード版となる、シリコンタイルベースの検出器システム、Q-Pixの研究開発(R&D)プロジェクトです。この新しいシステムにより、より広いエネルギー範囲でのニュートリノ検知が可能になるだけでなく、より良いエネルギー・空間解像度でシグナルの再構成が可能になります。これらの長所により、今まで難しかった超新星ニュートリノや太陽ニュートリノの検知が可能になり、星の活動をより理解することができます。このプロジェクトにおいてはシミュレーションを使ったデータ解析やハードウェアの開発を行いながら、学会での講演活動を通してコラボレーターを増やすことにも尽力してまいりました。 これは、江副記念リクルート財団さまの奨学金支援があったからこそ、渡英に際した生活費における不安などを抱えることなくできた決断であり、ここまで研究の幅を広げられる機会を逃さずに活動できたことを本当に感謝しております。

去年の9月、コロンビア共和国のサンタマルタにてあったDUNEのコラボレーションミーティングにて。

博士課程は通常よりも少し早いあと1年ほどで卒業する予定です。それまではQ-Pixのテストベンチの組み立てとプロトタイプの試験及び、DWAプロジェクトの後任の責任者とDWAユーザーのトレーニングを行う予定で、それぞれのプロジェクトで1つずつ論文の発表を予定しています。卒業後もDUNER&Dプロジェクトに関わり、次世代のニュートリノ検出器の開発を目指して研究活動を続けてまいりますが、それに加えてアウトプットの場を広げることも意識していきたいと思っております。自らの研究を通して社会に「知」の価値を伝え、目先の便利さや資本の豊かさだけを社会貢献と称賛するのではなく、それらのものを確立するために必要不可欠な開拓を行う基礎科学とその科学者たちが、その意義を疑われることなく理解される社会の構築に励んでまいります。

DUNEの検出器のプロトタイプの前で。後ろの左側にあるのが電子検知システム、右側にあるのが液体アルゴンを入れるタンクです。

「自分の好きなことで生きていく」の実現

今まで後輩の皆さまへのメッセージを聞かれた際、私がよくお伝えさせていただく言葉があります。「好きの力を信じてください。」これは、私が大好きな水木しげるさんが執筆された『水木サンの幸福論』に書かれていた「幸福の七箇条」の第四条です。私を物理の道にここまで突き動かしてきたのはまさに「好き」の力であり、好きでなければこんなに努力も続けられなかったと思うのです。ですから、これからたくさん明るい未来と選択肢を前にする皆さんには、自分が好きだと思ったことをただただ突き進んでくださいとお伝えしたくなってしまいます。

ただ、「好きの力」を話す上できっと同時に話さなければならないことが2つあります。それは、「努力」と「能力(=仕事収入)」です。実際に幸福の七箇条の第五条はこの2つについてで、「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。」とあります。

私にとって「好きになる力」は個人が生まれ持った「才能」であり、その「才能」を上達に向けて使い続ける力が「努力」なのだと考えています。そしてその「努力」が何かしらの形で社会に影響を与えるようにすることができる力こそが「能力」なのではないかと思っています。 例えば、自分の物理に対する「好きの力」は非常に主観的なもので、物理学の理解とそれに対する感覚は全て私の脳内で起こっています。つまり、物理を「好き」になるには、まず物理の本質を捉え理解する「才能」が必要だと思うのです。個人が「好き」なものを発見するということは、自らの「才能」を発見することと同等のことだと思うのです。自らの「才能」を正確に理解することにより、初めて上達につながる「努力」を行うことができ、その「努力」を続けることにより、結果的に社会に影響力を与えられるような「能力」を発揮することができるのではないでしょうか。

  私には、ただただ「好き」という気持ちだけで後先考えずに走り続けた時期があり、現代社会で役に立つという目的だけを考えて苦痛を伴う「努力」で自分を型に押し込めた時期もありました。このような学生・研究生活の経験を通して私がようやくたどり着くことができたのが、自分の「好き」や「才能」を見極めた上で、その上に適切な「努力」を行い「能力」を発揮することにより、「好き」を社会実装に繋げることができる、「自分の好きなことで生きていく」を持続可能的に実現したキャリアであり、私の人としての成長でした。現在は、物理学コミュニティーにとどまって研究だけに没頭するのではなく、大好きな物理を公の場で語ることを通して物理と社会の接点を作り、長期的な視点を持って基礎科学がサポートされる社会作りを目指しています。

 このメッセージを読んでいる皆さんの中には、すでに自分の才能を磨かれている奨学生の方や、これから自分の才能を発掘しこの財団を通して更なる機会を得ることを目指されている方もいらっしゃることと思います。そのような皆さんには、是非「好きの力を信じてください」という言葉に加えて、「与えられた才能がどうすれば最も輝くのかを、自らに問い続けてください」というメッセージも贈りたいと思います。

これまでの留学期間、江副記念リクルート財団の皆さまには多大なるご支援をいただきました。研究に没頭できる時間を得ることができたのは一重にいただいた奨学金のおかげです。8年間という長い間お世話になり、本当にありがとうございました。

久保田しおん
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